新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

たのしいパン工場

☆★☆★☆この記事はフィクションです☆★☆★☆

今日は皆さんお待ちかねのパン工場について話をします。覚悟して聞くが良い。

 

・いきさつ

 とある夏休み、もう夏も終わりかけた頃、筆者に一通の封書が届く。差出人は三菱東京UFJ銀行。クレカの請求書である。いつものこったろと開封した筆者の目に入ってきたのは、"遊びすぎた夏"円の請求明細であった。0.03秒で複数銀行のオンラインバンキングにログインし残高を確認すると、算数レベルの計算でわずかながら足りないというショッキングな事態に襲われた。今月入ってくるバイトの給料は先月末締めなので金額はすでにわかる。万策尽きた。途方に暮れ、大学構内の部室棟へ足を踏み入れると、「それいけパン工場!」と銘打たれたパン工場の夜勤チラシであった。数分後、チラシに書かれた電話番号に電話をかける男の姿があった。

 

・見参!それいけパン工場

 数日後、夕刻16:00、男は「それいけ製パン(株)チバラギ工場」に立ち入った。初回だというので一時間ほど説明があるという。「体調は悪くないか、暑さ寒さには耐えられるか」という質問をされた。まるで傭兵ヘッドハンティングである。今日からグリーンベレー製パンにでも改名するがよい。その後、食品であるから気をつける点や、熱い部分に触れないようになどの説明をひと通り受け、事務所から工場内へと連れて行かれた。

 

・着任0秒でOJT

 連れて行かれたのはとある菓子パンのラインである。パンがベルトコンベアに載ってドンドコドンドコ止まることなく流れてくる。「ここがあなたのげんばです」と言われたので「よろしくおねがいします」と言った。いや、正確には「よろしくおねがいしm」ぐらいで、すでにラインに入っていたオバハンに「こっち来て!!!ここ!!!そうじゃない!!!!違う!!!!もっと綺麗に入れるの!!!!!」と言われた記憶がある。ラインに収まって手を動かし始めて30秒してから理解が追いついた。どうやらゴムベルトのベルトコンベアから手前に10cmほどパンを移動させて箱型のベルトコンベアにパンを移すのがこれからの私の仕事になるようだ。初めからそう言え。理解したあたりでさっきのオバハンは「じゃっ」と言って帰っていった。どうやら夕刻までのシフトだったようだ。あんなに慌ててまで帰りたいものなのか、その時の私には理解ができなかったが、この15分後から15分間隔で帰りたさ(希帰念慮)に襲われることとなり、いやでもあのオバハンの言動が理解できるのである。

 

・あつい しぬ

 それいけ製パン(株)チバラギ工場では、パン窯すら効率化のためベルトコンベア状になっていた。したがって出口は私の居るベルトコンベアの部屋にあり、ひたすらに熱気が出ていて暑いのだ。死ぬ。工場の白衣・手袋・マスク・帽子と完全装備であることから暑さにターボがかかる。熱気過給とか殺す気か。部屋の隅っこにはスポーツドリンクのサーバが置いてあり、飲み放題であったからこれ幸い、乞食乞食とガブ飲みしていたが、飲んだぶんが快速進行で発汗していった気がする。一種の平衡状態である。相当量の汗がマスクで捉えきれられずにアゴから下に垂れていった気がするのだが見なかったことにしたい。

 

時の流れに身をまかせたら時間が過ぎない

 前述の作業をもうかれこれ1時間はやっただろうか、と思い壁にかかっている時計を見ると、事務所を出てから30分も経っていないのである。恐るべし相対性理論(特殊パン工場)。時間よ過ぎろ。勉強していないテスト前はあれほどまでに俊足で走るではないか時間さん。サボってんじゃないよ勘弁してくれ。あれからまだ30分、事務所を出て着替えて配属先まで連れて来られたのを考えるとまだ10分もベルトコンベアと対峙していないことになる。あと11時間33分どうやったらしのげるのだ。死んでしまう。狂う。……ここであることに気づく。パンは一定のペースで流れてくる。一定のペース……テンポ……ミュージック!!!!!No music No PANKOUJOU!!!!!気づいた俺天才!!!!!実に天啓であった。手始めに水樹奈々の「深愛」を脳内で流しつつ毎分数百のパンを裁く。「♪突然走りだした(シュバババッバババ)行く先の(ホイホイパンヲサバクヤデーシュババアバババ)違う(バババッバ)二人(ババッバババ)……」お気づきだろうか。テンポが早過ぎるのである。スーパーマリオブラザーズの残り100秒切った時のテンポよりさらに早い。早すぎるテンポが祟り、声を出していないのに、1時間半くらいで脳内の音楽レパートリーが尽き、極度の疲労と、残り時間と、現実のつらさが、私の中に残った。

 

・あらいもの

 菓子パンというのはえてしてクリームが入っている。クリームの種類を切り替えるとのことで何度かクリームの機械を洗浄する機会があった。こいつがデカくて洗いづらいのだ。デカくてデカくて、シンクとの間に指を挟んで出血した。食い物の機械であるから、傷口は黄色ブドウ球菌とかそういうのの温床であるからNGなのだろうが、ビニール手袋があるので無問題であるらしい。いひーいひひひひ。

 

・無限ループ

 以上の「ベルトコンベアの人」「あらいものの人」を数回繰り返し、夜が明ける頃には不慣れな作業により全身汗だくで、白衣を着て作業しているから清潔という言葉がことば遊びにしかなっていないことを全身で実感した。汗と尿の成分はほぼおなじらしいので汗だくの部活JKっておしっこまみれなのと変わんないよね。閑話休題。13時間ぶりに見たお空はとても綺麗だった。夜明け前の青より明るい不思議な色の空は嫌いではないが、パン工場は嫌いになった。二度といくものか。ノーモア・クレカ事故。ノーモア・日雇い労働者。

 

・お給金

 一晩でだいたい1万4千円になった。自分が美少女なら金持ちに一晩抱かれるだけでこの10倍は堅いだろなぁと思うと暗澹たる気持ちになるが仕方ない。金は天下の回りもの。クレカの請求書に記載された金額を所定期日までに収めて回さないと首がしまっちゃうのである。この世は資本主義経済、持たざるものは持ってるカードで勝負せねばならぬ。一晩をそれいけ製パンに捧げることで危機を回避するのである。我々は日本銀行券の奴隷である。

 

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