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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

いちごを栽培する話

 長らくマンションぐらしをしていて、地上から、土から遠く離れた天界の人間をやっておりました。そんな中、父は土から離れて暮らすことを憂慮してプランターを買ってくれました。そこで栽培(?)していた植物のひとつがイチゴでした。

 イチゴのタネというと皆様御存知の通り、果肉の表面にブツブツと付いてくるアレなのですが、あれを発芽させて育てるのは大変ですので、和光市の島忠で苗を買ってくるわけです。時間のある人は1株だけ買ってくればよい。あとからシュートっつって横にぴょーんと株が増えますので、時間さえあればいくらでも株が増やせます。味を重視するならシュートが出てきた段階でとっとと切っちまって、果実以外に余計な栄養使うなって方針で育てるのですが、伸びてきたシュートをぶった切るのがなんか可哀想になっちゃうんですよねぇ……。

 

 イチゴのビニールハウスへ入ったことのある方はご存知と思いますが、あそこは受粉用にミツバチが放してあります。しかし、コンクリートジャングルTOKYO・ITABASHIの6階ともなるとミツバチのお越しは望めませんので、人間である我々が絵筆を持ってチョンチョンと受粉させてやるわけです。受粉がヘッタクソで、あの円錐形の、イチゴの果実のブツブツの数だけめしべに花粉をくっつけてやらねばならんのですが、これが難しいため、出来上がるイチゴがB級にもならないようないびつなカタチになるわけです。めざせ一級受粉技師。

 

 近所にあった東京印書館の工場にも植え込みにイチゴが植わっていて、日々の通学が楽しみでした。今じゃその印書館も財閥系の分譲マンションになっていて再開発の勢いを感じざるを得ません。下町に高級分譲マンションボッコボコ建てて他所から住人来るんだからすげえよなあ……。確かに駅チカではあるんだけども。

 

 さて、そんなイチゴですが、イチゴといえば食う以外にもいちごぱんつとして女児下着の柄になっちゃうイメージがあります。だからこそ、いちごぱんつはイチゴジャムの味がするのではないか。ただ、いちごジャムを塗ったくったぱんつって絵面がどうにも経血にしかみえねえから、ぱんつに塗りたくるならマーマレードとかのほうがマイルドで初心者向けですねぇ……。いっそのこといちごぱんつはイチゴジャム味の柔軟剤で洗えばいいのではないか。いちごジャム味の柔軟剤、これは新規開拓市場であるぞ。味付き柔軟剤は閉塞感のある日本経済を打破するカンフル剤となりうる。満員電車で女子高生味の柔軟剤を使った女子高生をしゃぶるやつとか出てくる。こりゃSFだよねぇもう。

 

 そもそも脱いでしばらく経ってひえたぱんつとかなんの効用もない。我々が感じたいのは女性の体温であってひえたぱんつの汚物ではない。ぬぎたてぱんつを頭にズボっと被せられてうっわキモっwwwwwと馬鹿笑いされるのがありがたいことなのであって、別に洗濯後のぱんつとか洗濯前のぱんつとかそういう物体に固執するのはよくわからないのである。体温が正義であって、その場での反応が行為なのであって、と考えると「ぱんつ」は物体であるが、「ぬぎたてぱんつ」は行為である。これは新しい発見である。時間軸と解釈によっては同じモノでも物体寄りと行為寄り、2つの解釈ができるのである。私は天才かもしれない。

 

 

 そんなわけで、「甘やかし」とか、具体的には「ひざ、どちらかというとふともも、脚の付け根と鼠径部のあたりでできる三角地帯で顔を受け止めてくれる感じのまたまくら」とかそういう"行為"があればご一報ください。