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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

モラリストという生き方

日記

 モラリストとは、うんこを漏らす人ではない。また、軽く検索した程度ではあるが、道徳者という意味でもないらしく、人間観察していろいろとかんがえる人のことらしいが、今日の話は道徳者の生き方なので早速最初からタイトルを投げ捨てる形となるがご容赦頂きたい。てか勝手に頂く。ちゅるちゅる。ご容赦とは液体だったのか。ドロリッチご容赦。生卵ご容赦。

 

 さて、一般に道徳者とは心が小学生のまま大人になってしまわれた人々のことであり、程度は違うにせよ「悪いこと」を避けて通る人間であると考えてよろしい。こういう生き方をすると、上の立場の人間にはたいそう気に入られるし出世もできるが、頂けるものは日なたのもの、出世に伴う地位であったり、名誉職という名の管理職であったり、終いになると「いい人だから」とかいうフワフワした評価まで頂ける。いやあ日なたのものだけで幸せになれるのであれば悪い生き方ではあるまい。

 

 しかしながらそういう「ご褒美」として日陰のもの、アングラなもの、ご禁制品を賜ることはまずない。なにせ、「悪いことをしない」のだから悪いものをご褒美にあたえちゃいけないであろう。大麻覚せい剤、そういうのみんなダメである。天皇陛下と仲良くなるとその昔は「恩賜の煙草」なるRPGに出てきそうなアイテムを賜ったそうだが、昨今ではタバコは「悪いもの」になってしまわれたので代わりに「恩賜のこんぺいとう」を賜るようになったそうな。タバコが金平糖に取って代わられるなんてそれはそれでどうかと思うが……。

 

 そういう「ご褒美」として日なたの世界では賜れないもののひとつに女体、いわゆるまんこ/おっぱいなどが挙げられる。今日、21世紀において表彰状の副賞がソープランドのタダ券だったという話は聞いたことがないし、セックスはどっちかというと日なたの世界では「悪いもの」扱いされて久しいため、恩賜の煙草と同様にご褒美として扱われなくなった。タバコと同様に、カネをかけてカラダを悪くするロクでもないシロモノという括りなのだ。

 

 道徳などクソであり明日から電話ボックスのタウンページを1ページずつちぎって持って帰ろうと実践できるような札付きの不良ならいざしらず、もう道徳に縛られて生きづらくなってる人はどうしたら良いのだろうか。無償で自分の正当な評価をするのは自分だけなのだから思う存分オナホ買ってきて空気嫁でシコればよろしい。

 

 がんばろう労働くたばろう上司、という素晴らしい言葉がある。どうせ日なたのことしか評価しない上司などくたばればいい。もし仮に万一、娘の女子高生を好きにしていいぞとかいう上司がいたら一生ついていけ。そしてその可能性は太陽が西から昇るよりも、私がこのブログでノーベル文学賞をもらうよりもはるかにあり得るのだから、一縷の望みをかけて人は労働へ向かうのである。労働に一縷の望みもないときは宝くじを買おう。数学の恩師Kが言うには、宝くじを買う人間は数学ができないそうだがどうでもよろしい。その恩師Kも宝くじを買うらしい。宝くじ当たってくれ頼む。

 

 宝くじで女子高生買いまくって捕まっても個人の財産は没収されないしむしろうまく弁護士を使えば捕まらないという説もあるし宝くじ当たってくれ切実に。