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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

おくのほそみち

 奥の細道、というのが膣奥の子宮口であるという言説は多々あれど、本当に細道なのかどうかは見たわけではないからわからないし、ましてや道とはいえ粘液で埋もれていて物理的に穴が空いているわけではないとなると、まことに細道というのもどうかと思われる。巨大迷路でスライム状の壁に出くわしたらそれを通り抜けることができるか。窒息して帰らぬ人となる可能性すらある。

 

 人の行く裏に道あり花の山、というのは何かのフレーズであるが、「人の行く裏に道あり」というのは人生哲学において重要である。花の山があるかどうかはともかく、人の行く道が灼熱の業火に灼かれる地獄であると分かっていてついていく人間はおるまい。自分の判断を信じられるかどうかでその後の人生を変えることも少なくない。例えば青春18きっぷで静岡県を横断するとき。慣れた人なら島田駅興津駅で乗り換えする意味についてわかっていただけるだろう。これらの駅は空っぽの絶対座れる電車が出ているのに静岡や浜松のように街がデカいわけではないから、電車を待つ列も短い。何も考えずに列車の終点まで行って乗り継いでも、かつては大動脈であった東海道本線、今でも田舎のローカル線とは比類ないほどの利用者を抱え、沿線各駅はそこそこの規模の街であるから、本数も一番少ない区間で30分に1本、従って行き当たりばったりに乗り継いでも詰んだ終わった日が暮れたお客さん終電ですよってパターンは少ないが、全区間できっちり座ろうと思うと3ミリぐらい頭を使って欲しい。

 

 同様に、おまんこも人と同じことをしていてはありつけないのが世の常である。よく「あんなんにも彼女おるんかよ……ありえん……」という感嘆文を目にする/耳にすることがあるが、「あんなん」にすら負けている我々はどうなるのだと考えると鬱々として3ミリ秒後に精神科の門を叩くか携帯で予約するハメになるので前を向いて考えるがよろしい。倒れるなら前向き。後ろに倒れたら後頭部を強打して他界する可能性があるが、前に向いて倒れれば運良くおまんこに縦膝枕状態(またまくら、と言うらしい)になる可能性もあるし、おっぱいにぶちあたる可能性すら秘めている。上を向いてあるいて、前を向いてコケる。ただし、現代では上を向いて歩いて前向いてないのは歩きスマホと同じぐらい危険でダンプに撥ねられれて終the了となるから注意して欲しい。

 

 結局前を向いて生きたところで何の解決にもならないし死ぬのが一日伸びるだけってのをk日繰り返したらk+1日めも会社に出て仕事して叱られて帰って寝るだけなのだから毎日お脳をおクスリでトリップさせて8000キロほど遠くへ行ってしまう覚醒剤常習者を少しだけ、8キロぐらいは見習ったほうがいいのかもしれない。死にたいと思うことは別に悪いことじゃあないが、死にたいんだけどどうしたらいいと思う?みたいな質問をされるとされたほうは「じゃああなたはAEDを取ってきてください」ぐらいしか言えないからやめたほうがよろしい。もし今後自殺の相談をされたら「子宮と卵子がもったいないから俺の子供を2人産んでからにしてくれないかな」って返そう。その日にひとり自殺者が増えそうだけれど。

 

 明日も強くいい子に生きるから、ブラジャーが吸いたい。