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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

ここいち

 とあるカレー店チェーンが「異物が混入した可能性がある」として産廃業者に処理を依頼した冷凍カツ、これが業者を数社渡り歩いた末になんと安売りスーパーの店頭に並んでしまったという。「工場のラインが破損したためプラスチック片が混入したかもしれない」からすべて産廃として廃棄された「ゴミ」がまた口に入りそうなルートに乗るのは恐怖でしかない。件のカレー店チェーンはただただ気の毒だが、動きが早くて頭が下がる思いだ。

 

 同じような例でいうと、自治体等による古着回収後のルートがある。古着といってもいっしょくたに業者へ引き渡すわけである。ご存じの方もおいでるかと思うが、基本的に廃棄物というのは分ければ資源である。細かく分ければ分けるほど資源として「値段がつく」のである。お金を頂いて処理をしたらそれがまたお金になるのである。ふっしぎー。だからといって産廃として引き取った冷凍トンカツをうまいこと激安スーパーの店頭に並べてしまうのはやっちゃいけないラインを超えているから自重するように。

 

 閑話休題。古着の話だ。古着を回収するということは学校の制服、つまるところ女子用のセーラー服やらブレザーやらスクール水着やら体操服やらも含まれることになる。読者諸賢はご存知のことと思うが、これらは非常に高く売れる。他の雑多なボロ布でしかない古着からこれらを選別してヤフオクに出すだけで楽しい金額となる。他の古着は古着として販売したり、汗と油にまみれて働く男たちの道具「ウエス*1」になる。

 

 逆に混ぜると値段が下がる。たとえば福袋。よくわからない品々を袋に詰めてお買い得品っぽくすると値段が下がってしまう。個々に売ってたらいつまでも倉庫で税金取られる存在になり得るので損を承知で売ってしまうのだろう。

 

 だからこそ、女子高生の値段は下がらないのだ。なぜならば女子高生というブランド品を他と混ぜずに陳列してあるわけだから当然超エグゼクティブなのが高等学校というわけだ。高校教師をめざそう、エグゼクティブの仲間入りだ。女子高生でなくなる、つまり老若男女(1)になった瞬間に価格は暴落する。それでも現代社会ではかろうじて男と女に分けているから不平等が存在し、不平等、つまるところ高低差が存在するとエネルギーの流れが存在するから社会が回る。みんなが平等だったら社会が回らないんだよねっていうのはソビエトや中国を見たらよろしい。エネルギーの単位はジュールだろうが日本円だろうが高低差がないと流れないのは等しく物理法則である。対等な関係だったら一時的な立て替えや貸し借りはあっても消えてなくなるということはないだろう。上司と部下は対等じゃないから寿司や焼き肉に姿を変えたエネルギーが流れこむこともある。酒でもいいだろう。

 

 男女平等というのはつまるところ貨幣経済へのアンチテーゼであるから積極的に畑を耕していこうな。

 

 他人のカネでソープランド

*1:ボロ布を適宜切断したもの、使い捨て雑巾