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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

三次元は汚いか

 昨今はテレビでも我々がセックス離れをしているという趣旨の番組が大変増えて傷口に粗塩を擦り込まれる思いですが皆様如何お過ごしでしょうか。とはいえタイムラインではそういう番組にたいするハッシュタグ付きtweetがどんどん並びますので、結局皆様セックスは大好きなんだけど万が一の際のリスクが大きすぎるといいますが、結局のところしくじると多額の現金が必要になるという現代の過度な貨幣経済と行き過ぎたデフレのあわせ技でどうにもならなくて首をくくるまで行く可能性を考えてしまうのか、はたまた単に富もセックスも偏在しているのか、そういうのはエラい社会科学の人々にお任せするとして、市井に根ざしてあらぬ視点からものを言うのが役割のこういうブログではそういうマクロなことじゃなくてミクロなことを論じてみようというのが昨日の夕方思いついた三次元の汚さという点でございました。それでは皆様本日もどうぞお付き合いくださいませ。

 

 とまあそういう若者が恋愛しないというテーマの番組でよく登場するのが"俺らお前ら"みたいな非モテの若者なのですが、よく「セックスに興味はないのか」という質問に対する返答として「三次元は汚い」というのがあります。これは何故なのでしょうか。三次元が汚いとはどういう意味なのでしょうか。少しここをマクロに掘り下げてみたいと考えます。

 

 まず第一に考えられるのは体液の嫌悪です。昨今では公共施設のトイレや、給食センター等の調理場の床が、タイル張りから床材張りに変わり、それまでの、長靴を履いて、水をジャブジャブ流して清掃するスタイルから、床は常に乾いていて拭き掃除、というスタイルに変わりつつあります。水をジャブジャブ流すスタイルでは飛沫で逆に細菌を撒き散らすことが分かってきたからだそうで、科学的なエビデンスが根付くと建物のスタイルすら変わるのだという例だと言えるでしょう。水道の水でジャブジャブ流せば清潔という印象は、こうして、いつもジメジメと水滴が付いていてなんか汚いというイメージに変わりつつあります。するとどうでしょう。乾いているのが清潔となると、おまんこのように常に湿っているのはどう感じられるでしょうか。ましてやディープキスなんてとんでもない。常に体温で何かしらの食べかすが発酵していそうな口どうしをぬちぬちと擦り合わせるなど狂気の沙汰ではないでしょうか。なんだかジメジメとして汚そうな粘膜どうしをにゅるにゅると擦り合わせる行為が汚い感じだ、という解釈も荒唐無稽なものではなさそうです。

 

 次に考えられるのはいちいちマクロなことが気になったりはしないだろうかということです。例えば抜け毛。人間から直接生えている体毛はまだ良いけれど、ぷちっと抜けた瞬間にそれは切り離されて抜け毛という概念に変わりやしませんでしょうか。考えてもみてください。おまんこをぺろぺろとなめまわしているときにふと口の中に抜け毛が入ってくるということを。なんで今抜けるんだと思うことでしょう。きっとそうだ。違いない。たぶん。Maybe. そして毛の次は体臭が気になりゃしないでしょうか。それも、今抱いている相手のことではなく、自分の汗やらなんやらその他如何ともしがたい体臭が漂っているのではないかと気になって仕方がなくなりゃしませんか。あらあら大変。もうセックスを楽しむどころではありませんね。気にすることだらけ。そうこうしているうちにコンドームが不良品で穴が空いていないだろうかと気にかかります。いくら日本国内で販売されるコンドームは全数ピンホール検査をしている*1とはいえそれは出荷されるまでの話であって、メーカーを旅立ったコンドームがいま目の前で個包装を破られるまでの間に千枚通しかないかでちいさい穴が開けられていない保証はどこにもないのです(そりゃそうじゃ)。いつでもいつも本気で会社に行ったり学校に行ったりして神経使い果たしてるのになんでセックスにここまで神経を使わにゃならんのだアホかというふうに考えませんでしょうか。

 

 そして、上記2点、「湿ってるとなんか汚いっぽい」「マクロなことがいちいち気にかかる」という問題点を綺麗さっぱり解決してくれるソリューションがあります。もうおわかりですね。二次元です。なんとびっくり、コマや余白や原稿用紙の限りがあるせいで、作者の描写能力に限界があるせいで、言葉や絵では伝わらない部分が存在するせいで、生々しい体温や体液の描写やいちいちマクロなことを書いたり描いたりしてられないという作者側の理由で、泣く泣くオミットされているにも関わらず、却ってそれが問題点を切り落とした形になってしまいました。びっくりだ。作者と読者の利害が一致してしまった。なんということでしょう。メディアの作り手と受け手の意図するところが違うのに利害は一致し市場ができてしまったではないか。こりゃたいへんだ。

 

 ではここでズバッと解決策を提示できるのかというと実のところそうはうまく行きませんですから、結局のところ、湿ってぬるぬるしてても気にならないどころかむしろそれも含めて好きだと言える人と、そういう細かいマクロな事象をいちいち気にしてられないぐらい熱い恋をすれば脳みそがそれどころじゃなくなって勝手にオミットされますんでよろしくという話になりました。

 

 心の底からおしっこ飲みたいと思えるようなイカれた精神病みたいな恋愛すればいいんだ俺は詳しいんだ。