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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

#C91感想 『楽章a[mouvement a]』(皆月蒼葉/びびび文庫)

感想

 人はなぜ本を買うのでしょうか。読むためです。ところが、本を読む時間も、財布に入っているお金も、有限のリソースです。では、どうやって「読んで楽しい本」を選ぶのでしょうか。"最初のペンギン"という言葉があります。魚を求めて崖から海に飛び込むペンギンは、さりとて飛び込んだ瞬間に、シャチにパックリ頂かれてしまうかもしれないのです。しかしてその危険を冒して最初に飛び込んだペンギンは、より多くのおいしい魚を独占することができます。従って、買ったことのない作家の作品、とりわけ、同人誌即売会でないと手にはいらないような本――いわゆる同人誌――に手を出すのは、一種のバクチであって、商業ベストセラーの文庫落ちを買うような気持ちではなく、「これは面白いのだろうか」と半信半疑で買うわけです。特に、ページ数が多い上に、形態が小説ともなれば、B5サイズ24ページのマンガのように、半分も会場で読むわけにいかず、完全な賭け事のごとく「新刊をください」と申し出、虎の子の日本円と引き換えに、商業誌より割高な本を手に入れるわけです。

 

 とまあ、上記のような冒険をした結果、大変おもしろい作家を発掘することに成功すれば、ときに戦場とまで揶揄される同人誌即売会に幾度となく足を運び、いつしか「毎回新刊を買うサークル」というのがリストアップされるわけであります。そういうわけで、今日はサークル「びびび文庫」のコミケット91新刊、艦隊これくしょん二次創作の『楽章a[mouvement a]』を読み終えたので感想を書いておくことにしましょう。

 

 当然ネタバレを含みますから一旦クッションを置いておきます。既刊の『終わりの花』は少々頭のイカれた鈴熊が楽しめますし、『ランドスケエプ』では、SM分離*1前の横浜駅の濃厚な描写がいい味を出しています。

 

 これら既刊はBOOTHで電子書籍版を頒布されているようです。今回の新刊は物理書籍が虎の穴で委託されています。

 

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 相変わらず美しく濃厚な描写が切れ目なく続き、これこのまま芥川賞あたりに投げたら通るんじゃないかと思いつつ読んでいきます。私のような無学な人間は文章が退屈だと途中で読むのを諦めますので、最後まで読めるという時点で面白い小説なのは確定的に明らかです。

 

 主軸はお互い恋する夕張と五月雨、であるのは表紙にも描かれているとおりで、五月雨を好きすぎて那珂のライブの感想すら生返事ですら返せない夕張のメロメロンっぷりについ「わかる~~~~五月雨ちゃん尊すぎる~~~~」などとずっぷり感情移入しつつ、そうなんだよ、お互い大好きなら別にハイアットのバーとかじゃなくてサイリウムを投げ込んだ砂浜とお月さま眺めていれば幸せなんだよなあとしみじみ。

 

 途中重要なアイテムとして登場する六角穴付きボルトを見てあああああああと頭を抱えつつ前の仕事を思い出してしまいました。M3とか小さいやつにだいぶ年季の入ったレンチで思い切り回すとナメてひどい目に遭うとかそういういらない事情が脳裏をよぎったりとかそういうタイプのやつです。レンチの長さが足りずにトルクが足りなくて緩められないときはレンチに長い真鍮棒を被せてねえ(遠い目)。

 

 コーヒーに角砂糖を非常識な個数投じるのは私もやります。何故ならばコーヒーは苦いからです。ふだんは紅茶党なくせに女の前では格好をつけてコーヒーなぞ頼むからそういうことをすることになってしまいます。とはいえ非常識な個数の角砂糖を溶かしてようやく雪印コーヒーやらマックスコーヒーのような味わいになるコーヒーというのはよほど苦味がお好きと見えます。別にコーヒー豆も好きで苦くなっているわけではなく、生のコーヒー豆はむしろ甘いとかそういう話も聞くけれど、じゃああれは焙煎されて炭にでもなっているのかという話であって閑話休題

 

 街へゆくバスの描写も美しくてついつい読み込んでしまう。私ならば踏切を超えるシーンを無理やり作って、さすが、バスというのは二種免許を持った人間が運転しているだけあって、教習所で習った基本通りにローギヤのまま踏切をのたくた超える、とかそういうのを書きたいなあと思いつつも細部だけこだわっててもお話は出来へんねんでとセルフツッコミを入れつつ恋人は街へ。輪っか状のものを恋人に贈るという意味合いを重く噛み締めつつ、ひたすら甘くて口に角砂糖を次々押し込められるような感覚に陥ってしまいそうです。

 

 

 そんなこんなで今回の作品も美味しくいただきました。ありがとう皆月蒼葉。ありがとうびびび文庫。まだ見ぬ次の作品が出る日を待っているだけで私は生きていけそうです。

 

 ふへへ、だからコミケはやめられねえぜ(ガンギマリ)。

*1:東海道本線(列車番号の末尾がM)と横須賀線(列車番号の末尾がS)は、今日東京から別の線路を経由して大船に至るが、かつては横須賀線の電車も東海道本線の線路を大船まで走っていた。高度経済成長に伴い、列車本数が増え、さばききれなくなることから、横須賀線の電車を別の線路に移す工事が行われた。その施策のことをSM分離という。