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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

近世以降の性と近代の性について、最も大きく異なると思われる点をあげ、その理由と発生要因について自分なりに考察せよ。

 ↑という大変長いお題を頂戴いたしましたが、例によって私は社会学を専門にしておりませんので、女体希求学の観点から適当にお答えすることにします。

 

 そもそも近世とは、近代とはなんぞやというところからからでしょう。日本史では安土桃山時代~江戸時代を近世、それ以後、明治維新から太平洋戦争の集結までを近代とするようです。……わかんねえな。わかんねえよ。

 

 ではここにデロリアンが用意されていて私はMT車の運転ができるのでバック・トウ・ザ・江戸時代……ってのが出来ればいいんでしょうけど、そういうわけにまいりませんので足りないアタマをひねって考えることに致しましょう。「最も大きく異なる」ということなので1点に絞って考えれば良いことになります。とは言え、盆踊りで乱交してた頃は"近世"でしょうし、大正デモクラシーバツイチ上等になったころは"近代"だろうし、かと言って戦時中の華やかな行為行動が制限された頃も近代でしょうし、なんとなく民俗学的に私の事典からスポっと抜けてる明治あたりは"性"がどのようなものであったか皆目見当もつきません。

 

 ここからはたっぷりの言い訳を含んで参りますが、人間、寝て起きたら明日から突然美少女3人と同居して四六時中種付け生セックスだけをしていればよくなる、というのは起こりません。というのは極端にしても、明日から最低賃金が時給8億円になるとか、地球の自転が突然止まるとか、コンドームの製造販売が禁止になるとか、3ヶ月以上セックスしていないと有罪で、交通刑務所の亜種の子作り刑務所に入れられるとか、そういう不連続な、微分不可能な強烈な変化というのは、1日で起こらないというのが相場です。従って性に対する認識も、昨日と今日で少しずつ変わっていくのだろうということが考えられます。近世と近代の境目、大政奉還の次の日から突然江戸の街が更地になって区画整理されて人々が浅草十二階みたいな建造物に住み洋服を着るようになったとは考えられません。

 

 従って、お題にお答えするとしたら「そんな点はない、従って理由もない、トレンドはいつの世もミクロな人と人の関わり合いから変遷していく」というものになるでしょうか。納得いただける答えとは思いませんが、今日も昨日の続きであるという考え方を大切にさせて頂くとこういうことになります。

 

 でも起きたらなぜか美人に囲まれてお金の心配せずに朝から晩まで種付けファックし放題でむしろそうしないとマズいみたいな状況になっているというのは大変夢があると思いますし、40代になってから40代の嫁を貰って勃ちもしないペニスを老化が隠せない裸体とともに染色体異常が脳裏をよぎりつつ気が進まない子作りをするという消極的な未来も想像できるわけで、人生1日1日を大切に生きていかねばという思いを新たにしなかればなりませんね。

 

 こんな駄文章を読んでいる暇があったら新鮮な子宮に精液を流し込む算段をつけるとか、子宮が新鮮なうちに精液を流し込んでもらう算段をつけるとかしたほうがいいですよ、と、いまこの瞬間も失われつつある画面の前のあなたの「若さ」に対して危機感を植え付けたところで今日のところは失礼致します。

 

 どうやったら女子高生と話を合わせることができるのか、その謎を解き明かすべく我々は子宮に飛んだ。