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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

ふるさと納税

 本日もお題提供ありがとうございます。ふるさと納税でお送りします。とはいえやったことないんですよこれが。ふるさと納税するほどそもそも納税しておらへんというのはともかくとして、納税するような「ふるさと」があるのかと常々思うわけです。生まれ故郷は香川の田舎ですけれども、鉄道もスーパーマーケットもあり、今ひとつ絵に描いたような「ふるさと」のイメージは持ちづらい……というのは、笹松が自ら思い描く理想のふるさと像というものが、おおかたエロゲーかエロ小説あたりに立脚しており、帰省するような田舎だろうが定住している田舎だろうが都合よく無限に美少女が供給される一戸建てで庭がある、みたいな恵まれすぎた環境を想像してしまいます。んなわけがあるか。田舎ってのは栃木のあたりの国道沿いの新興住宅地が実家で、宇都宮線の駅までクルマで迎えに来てもらって、ロードサイドの焼肉屋か回転寿司で夕飯を食べるものだと相場が決まっているのだ。戸籍をちょろまかして美人3人を娶るような田舎は存在しない。目を覚ませ。……いや?意外と生まれ故郷は役場の人間に巨額の賄賂を渡せば大丈夫なのでは……?戸籍は金で買える……(錯乱)。そもそも既婚男性がお妾さんに子供を産ませて認知したら戸籍はどうなる……?住民票はどうなる?そこに存在する確執は……?

 

 考えすぎてしまった。主題はふるさと納税である。返礼品が過熱しているとか、事実上金券であるとか、従って高額納税者、つまるところ富裕層の脱税手段となっているとは聞くが、確かに住民税が携帯代より安いような我々若者で低所得者層にとっては制度上も微々たる効果しかないのが手痛いところである。

 

 そもそも"ふるさと"とはなんだろうか。「こころのふるさと」という言葉もあり、別段生まれの土地に拘る必要はなさそうだ。ふるさと納税でも、縁もゆかりもない自治体へ寄付をすることは可能だ。ふるさとの定義が揺らいでいる。ここはもっとミクロに考えていこうではないか。母なる大地、人類のふるさとは母なる海、なるほど母という言葉は意味合いが広い。今のところ人類は例外なく子宮から生まれてきた。まだ培養液の中で蛍光色の試験管から細胞分裂して生まれました、学習装置で常識教養をインプットしましたという人間に出会ったことはないから大丈夫であろう。よし、子宮こそがふるさとだ。したがってこの定義でいくとふるさと納税というのは親に感謝の意を込めて贈り物をすること、そして未来のふるさとである子宮を持った女性に感謝の意を込めて贈り物をすること、となる。なるほど分かりやすい。ふるさとは子宮であり、自分のふるさとと、自分の子のふるさとにお金をつぎ込む。結婚はふるさと納税だった。レッツ子宮にふるさと納税。白くて活きのいいオタマジャクシを母港の子宮にふるさと納税。返礼品は継承された遺伝子の乗り物。連綿と受け継がれてきた人の営み。

 

 とはいえ、培養液と美人とだったら圧倒的に美人に種植えしたいし、科学も美人には勝てないんだよなと思うとサイエンティストというのは割に合わない稼業かもしれない。

 

 子宮にふるさと納税(意味深)してえ。