新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

ご安全に

 労働災害、それは労働中に起こる災害のことであって、けして起こってはいけないことであるから、世の会社というものは労働災害が怒らぬように日々対策を打ち努力しているのである。とはいえ、最終的には個々人の安全意識に委ねられる部分も大きく、極論を言ってしまえば、自殺志願者が溶鉱炉にぴょんと飛び込んでも労災になってしまうだろうし、吊り荷の下に入ってクレーンのリモコンを長い棒でつついて操作して自らを圧死へ導くことも出来てしまうのである。希死念慮の前に肉体労働と重機はたいへん強力な自殺道具として立ちはだかるから、なにはともあれ"心の健康"というのが大事かもしれない。だからこそ使用者は満足できる賃金を支払い、「次の給料日までは」「次のボーナスまでは」死なずに仕事をしようじゃないかというイノベーションじゃなくて利益をほら英語でいうモチベーションじゃなくてなんだっけえーっと(検索)インセンティブ(なんか違う気がする)を労働者に持ってもらうのがいいだろう。

 

 時々言われるように、遠距離のドライブ等出かける際に「気をつけて行ってらっしゃい」と声をかけられると、そうでない場合に比べ事故る割合が有意に減るそうだ。そういう意図があるのかどうかは知らないが、人命に関わる職場ではよく「ご安全に!」という挨拶のようなものがある。労災は当然起こさぬ上に、場合によってはお客さんの命、財産等を失わないよう、お互い一日安全に仕事をしましょうという心がけの挨拶である。重い金属を扱う職場、特別な免許が必要な車両を扱う職場、可動する工作機械を扱う職場、高温/低温等特殊な環境に置かれる職場。そういった職場では「不安全行動」をそもそも行わないよう、様々な取り決めがなされており、少々の手間がかかったとしても正しい手順で仕事をすることで、自分だけではなく、一緒に働く仲間の命も守ることになる。

 

 安全第一といえば日常的に行うクルマの運転もそのひとつだろう。「かもしれない運転」を心がけよ、とよく言われる。「あの角の一旦停止線を横着してちょっとボンネット分ぐらい出したら運悪く90歳のババアが出てきてぶつけて骨折してめんどうなことになるかもしれない」とか、「今日給油する必要はないけれど明日未明に大地震が起きてガソリンスタンドが長蛇の列になるかもしれない」とか、「明日朝キーを回したらバッテリが死んでてエンジンが掛からないかもしれない」とか、常に「万一」を考えてクルマとかかわる運転のことだ。当然、「DQNのクルマとぶつかって明らかに過失割合が10:0なのに金を払ってくれないかもしれない」というリスクも考慮して、任意保険には弁護士特約を入れてある。

 

 車の運転とよく似た行為としてセックスが挙げられる。こちらも安全運転が一番である。相手をケガさせたりしてはいけないので、爪を短くして角を丸めておくとか、性病予防と避妊のためにコンドームをつける、とか、常に"安全運転"が求められると言う点で車の運転に酷似している。クルマの運転もセックスも「しない」という究極のリスク回避策は同じことなのだが、得られる便益/快楽がそのリスクを超えたところにあると判断した結果が今日の日本である。クルマの運転を回避するべく東京に集まる。セックスの快楽を回避するべく娯楽の多い東京に集まる。あらあらまあまあ東京というのは日本で一番のリスク回避地であったか。タックス・ヘイブンならぬリスク・ヘイブン。そりゃそうだ。クルマを転がせばうっかり人を殺すかもしれないし、セックスすればうっかり人が生まれるかもしれない。"人命より尊いものはこの世に存在しない"という不文律でもあるのだろうか、人が死んだ瞬間に何か世界の物理法則が変わるわけでもなし、物質的には牛が死のうが人が死のうが変わらないのであるが、どういうわけだか社会性極まった現代日本というのは人命至上主義なので容易に死んだり産んだりすることができないのだ。

 

 ではバランス良くクルマは任意保険をたっぷりかけて安全運転で、セックスは特定の相手とだけコンドームを付けるとか性病検査をして低用量ピルを使うとか、なんならガチンコで子作りを試みるとか、そうすればいいのではないだろうか。リスクはバランスが大切だからめでたしめでたし。……とはならない。なぜか。安全運転もセーフセックスも"格好が悪い"からだ。考えてもみよう。ドノーマルのクルマを法定速度で走るクルマは格好いいだろうか。ちゃんとアポイントを取って「今日は夕食後にセックスをします」と宣言したり、あるいはお互いに性病検査に行ってから行うようなセックスがロマンティックだろうか。否。違う。クルマは手際よく法定速度+20キロぐらいで運転するのが、時々県警の世話になっても"そっちのほうが女にもてそう"だし、セックスも、なんかそういう雰囲気になったから押し倒してするほうが時々性病貰って病院行ったとしても"スマートな感じがする"んじゃないだろうか。「それは笹松の偏見です」と仰るなら、ではあなたが予告ありのセックスをしてくださるのですか、という話になってしまう。きっと世界はそういうふうにできていない。

 

 とはいえ美人と生セックスできるならリスクは承知の上ですよね。少々勇み足になって相手が妊娠してしまったとしても、相手に種付けできてしまったという最上の幸福を味わえるわけで、プレイの一環として受け入れられる素養があればそのまま入籍すればよろしい。どうせ人生なんてそういうプレイの一環で死ぬまでの暇つぶしである。しかしながら世には"安全日"という言葉があり、どういうわけだか排卵日翌日ぐらいから生理が来るまでの間を指していうそうだ。卵子排卵されてから1日ぐらいしか受精する能力がなく、また、精子が子宮内に入ってきても子宮内膜が剥がれて、いわゆる生理で一緒に流れ出てしまうからという理屈で、そういう期間を安全日と俗にいうそうな。しかしながら、受精は卵管部分で行われることが多いし、卵管部分は子宮内膜が張らないので、あんまり興奮しすぎて予定外に排卵する*1と受精はするし、剥がれかけの子宮内膜にギリギリ着床できてしまうとめでたく妊娠ということになるので、膣内射精は覚悟を決めるか、さもなくばピルでも飲んでもらうかしたほうが"安全第一"ということになる。

 

www.doorjapan.com

 ちなみに、上記webサイトで適当に生理日を放り込んで結果を見たところ、生理後も数日は安全日として表示されたが大変危険であることはご理解いただけただろう。子宮内を生理で洗い流し終わってさあ次の着床用フカフカベッドである子宮内膜が出来始めたところへ精液をどんどん流し込むわけであるから、何かの手違いで数日早く排卵されたら当たり判定となる。

 

 とはいえ、きっと、生セックスって気持ちいいから人間が絶滅しないんだろうなあ。

 

 膣内射精してえ。

*1:ガバガバ生物学なので実際はそんなことないと思う