新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

すごいつりざお

 ポケモンをゲットする手段の一つとして存在するのが「つりざお」である。今日はそんな釣りのお話。ポケモンでは「ボロのつりざお」「いいつりざお」「すごいつりざお」をそれぞれ別の釣り場に住んでいるつりオヤジの兄弟から頂戴するという手段が取られていた気がする。太古の昔より針と竿を使った魚釣りは人類の食料調達手段として存在したというのが定説であり、漁法として生業にするものもあれば、趣味として釣りを楽しむというのもある。

 

 さて、笹松さんは釣りをするのかしないのか、と言われると「したことはある」のである。オヤジとその同僚に連れられ、仙台港でサバを釣り、北浦でブルーギルを釣り、赤塚城址公園でモツゴを釣り、とそれなりに釣ってきた気がする。父と母方の祖父の共通の趣味が釣りであったからか、それなりの道具が実家に転がっていた。

 

 では最近どこで釣りをしたのかと言うと、もう10年近く前になる。修学旅行で沖縄へ行ったときの選択型コースで船釣を選んだのが最後だ。船釣のほかはシュノーケリングやらバナナボートやらそういうもうちょっと体を動かす系統のマリンスポーツがラインナップされていたが、どうにも食指が伸びなかったので魚釣りにした。引率教諭2名と、それぞれの船に10人ずつぐらいの2隻で漁港を出発した。

 

 釣りをしたことがあるにも関わらずだいぶ遠ざかっているので記憶が曖昧だが、リールの付いたつりざお、それなりに太めの糸、涙型のオモリがついたシカケをドスンと海底に着地するまで垂らして、地球を釣らないようにすぐ少し巻く道具だった。ガバガバである。餌はオキアミ。釣り始めてすぐに異変が訪れる。「わー釣れないねえ」などと隣の友人に声をかける。反応がない。「おい大丈夫k」と言うが早いか、手を伸ばして制止された。話しかけないでくれのポーズ。これはあれだ。吐き気を必死に我慢している姿だ。オーケーオーケー、そっとしておこう。見渡せば引率教諭と私以外ダウンしているではないか。なんという船酔い地獄。確かに小さい船で揺れは激しかったが。

 

 そんなこんなで周りがダウンして図らずも独壇場となった。教諭と合わせて爆釣である。沖縄特有の真っ青な鯛やら黄色と青の鯛やら、切り身で売られていたらとうてい美味しく見えないトロピカルな魚が次々にかかる。最初はボウズだったらどうしようかと考えていたが、港に戻って1人1匹ぐらいはある程度に釣れてくると、今度はさてこの船酔い連中で食べ切れるのかと心配になってきた。

 

 漁港に帰ったら速攻で捌いてくれて油で素揚げとなった。魚というのは見た目以上に捌くと可食部が多いのだなあという感想は単に釣りすぎたからか。沖縄の海に沈み行く夕日を眺めつつ満腹となった。……だったら良かったではないか、と思われるかもしれないが、漁港側で「万一ボウズだった時のための」もずくの天ぷらをも用意してくれていて、満腹にターボがかかった状態まで負荷をかけてしまった。禁断のレッドゾーンまでキッチリ回る我らの胃腸。男子高校生の胃袋はコスモではあるが限界もある。8,000回転までキッチリ回ったら限度である。ひいひい言いながら食べた記憶が思い出された。

 

 なお、当然ホテルに戻ると夕食が出るわけで、けれど残したりした記憶はなく、我々のテーブルは他の卓から「お料理余ってませんか」などと回収して回っていた*1記憶はあるので、なんというか、若いって凄いなあ……もうあんなに食えないだろうなあ……と思う。

 

 お気づきの読者もいらっしゃるかもしれないが、下記の記事に出てくる魚釣りの話を詳細に記したのが本記事です。合わせてお読みください。

sasamatsu.hatenablog.jp

 

 美人の一本釣りはうまくいきませんでした。

*1:中華料理のように大皿が回転テーブルに載っていた記憶がある