新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

むぎ茶

 今日はむぎ茶の話をしようと思う。むぎ茶というよりは「冷蔵庫に常備されている茶系飲料」の広い話になるが、我が家においてはそれがむぎ茶であったからに他ならない。むぎ茶が抱える諸問題とそれぞれの解決方法を見出し、本質を探ることとする。

 

・飲料とコスト

 飲料とは即ち水分補給のための飲み物を指す。自宅にコーヒーメーカーがある場合は多けれど、給茶機があるというのは少ないように思われる。ここで既に私の偏見が入っている。給茶機が置いてある家庭は実は多数あり、私がこれまでの人生で招かれていないだけで、常にホットな茶系飲料がワンボタンで供給されるという家庭はあるかもしれないのだ。可能性を潰すような真似をするところであった。あぶない。閑話休題。したがって水分補給が出来れば一時期の荒んでいた私のように、コップに粗塩をひとつまみ入れたのちに水道水を注いで飲んでいても差し支えはあるまい。ミネラル分と水分が補給できる最低限度の文化的な飲料であろう。当然毎回粗塩をつまんでいては高血圧までのラストワンマイルをやすやすと走破し医療費増大を招くから大半は水道水をそのまま飲むこととなる。ここで重要となるのはその飲料に係るトータルコストの考え方である。水道水であれば飲料用とする量あたりの単価などタダ同然、粗塩もタダ同然、コップは寝る前に洗うだけで洗浄する手間もあってないようなもの、つまり水道水(ときどきwith粗塩)はほぼほぼコストがゼロとみなせる飲料である。逆にコストの高い飲料となると代表例はビール等の酒類であろう。まず入手するのに金銭的対価が必要だ。その上なんと酒税がかかる。缶ビールだったら買いに行って飲んで洗って潰してゴミ出しまでせねばならない。たいへんな高コスト飲料だ。

 では、むぎ茶の場合はどうだろうか。大きく分けて2つの入手方法がある。家で作るかペットボトル入りむぎ茶を買ってくるかだ。

 

・むぎ茶のコスト

 買ってくる場合は簡単である。ペットボトルの入手単価が即ちむぎ茶の単価となる。嫌儲スレッドなどでは「お茶で儲けやがって」などと言われるように家庭で作ればタダ同然のお茶ではあるが、衛生的にボトル詰めして物流に載せるとお金がかかる。

 ところが、家で作る場合のコストというのは定量化しづらい。何故ならば、家によってむぎ茶の作り方が違うからだ。貧困な私の頭で考えても、

(1)専用のボトルを用意し、時折漂白剤に漬けるレベルで洗浄する。むぎ茶は当然煮出しであるからヤカンで沸騰させた湯に茶葉を入れる。粗熱を取るために水道水を少し出しっぱなしにして冷却し、専用のボトルに詰め、冷蔵庫で保管する。ヤカンも当然洗剤等で洗浄する。

 

(2)専用のボトルに水道水を注ぎ、麦茶パックを入れ、そのまま冷蔵庫で水出しする。量が減ったらそのまま水道水を継ぎ足す。色が薄くなったら麦茶パックを追加する。ヤバそうだなと思ったら専用のボトルは水洗いする。茶渋がひどくなったら洗剤等で洗浄する。なお、当然前回洗浄日等の記録はしていないものとする。

 

 上と下で(1)から(2)くらいまでの違いはありそうだとわかる。ここで問題になるのは複数人でこのむぎ茶を飲用する場合である。極端な話をすると、(2)で作られたむぎ茶を許容できる人間と、そうではない人間が一緒に暮らす場合に問題が発生する。冷蔵庫のスペースというリソースは有限であるから製法の違うむぎ茶を並行製造するわけにはいかないであろうし、そうなると製造コストの高い手法でないと許せない人間がむぎ茶を作るか、あるいは買ってくることになる。その場合に相手方とむぎ茶の製法や購入についてコンセンサスが取れていれば問題は解決するが、この話し合いが決裂した場合は片方にストレスが発生し続ける。許容できないむぎ茶を飲むストレスか、あるいは一方的に製造・購入コストを負担し続けるストレスである。コンセンサスが取れる、というのは、劣悪ながら低コストなむぎ茶の条件(この場合は(2)である)を許容できる側が、高コストなむぎ茶の製造・購入にOKを出し、協力的に応じることを指す。

 コンセンサスを取るのは大変である。まず飲む量には個人差がある。この差を均等に受益者負担とするのはなかなか難しい話である。なぜならばむぎ茶のボトルにはガソリンスタンドのようにメーターがついていないからである。したがって多くの場合は「2本のボトルにて貯蔵し、1本が空になった時点でそれを現認した人間が作る」などのルールを制定することが考えられる。しかしながらこれは「空になった」状態の定義が難しいために争いの火種となりうる。ボトルの底に高さ5 mmほど残った状態で冷蔵庫に戻すと、むぎ茶アライアンスに加盟した別の人間に事実上製造を押し付けることが可能となる。こうして製造コストを押し付けられた側の取る策はいくつか考えられる。一つはその場で相手方を叱責し、製造を命じること。これはアライアンス加盟が2名の場合にのみ可能である。なぜならばアライアンスが3名以上の場合、誰が製造コストを押し付けたのか特定が困難となるからだ。一つは夕飯風呂掃除セックスその他の対価を渋り、事実上のストライキをもって対抗する方法だ。これもアライアンスが3名以上となると戦略が取りづらい。「むぎ茶ぐらいでガタガタ言うなよ」などと言われる可能性すらある。狡猾にも製造コストを押し付けたことを矮小化してあたかもこちらに非があるかのように話をすり替えている。

 かようにも揉めるのであればもういっそのこと水道水を飲めということにしてしまうか、あるいはペットボトルのむぎ茶を共同出資して買ってこいという話になる。お金で解決できることにはお金を払おう。貨幣経済は万歳である。縁側でセックスするシーンで置いてあるむぎ茶とお盆とコップがメーカーロゴ入りのペットボトルだったりすると情緒がないがしかたない。「持ちつ持たれつ」を許容していただけない場合はビジネスライクでいきましょう。

 

・むぎ茶の安全

 製法で味が変わるため家によってむぎ茶の味は異なるのだが、それはさておいて製法の問題というのもある。水道水を使った水出しむぎ茶が一番保存性が良いというのは意外に思われるだろうか。これには当然理由があって、水道水には消毒用の塩素が入っており、煮出しということで沸騰させるとこいつがぜんぶ抜けてしまうのだ。熱帯魚や金魚を飼育なさる方なら溶存酸素量が温度上昇とともに減っていく曲線を思い浮かべられるだろうか。気体一般にその法則が成り立つため、ボコボコと沸騰させると水中の気体はなくなってしまう。

 ……という塩素の話と真逆になるが、病原性大腸菌O-157を抹殺するには摂氏75度以上で1分以上が必要である。したがって75度より高い温度で煮出したむぎ茶をその温度のまま専用ボトルに詰めれば少なくともO-157は殺せることになる。あちらを立てればこちらが立たず、どちらがいいという結論は定量的に評価しないと書けないのでやめておくが、むぎ茶づくりにも少しばかりでいいから科学的な根拠を持ってやってみてはいかがだろうか。

 

 

 むぎ茶ぐらいいくらでも作るしボトルも洗うからむぎ茶飲みながらセックスしてくれる美人と仲良くなりたい。