新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

#C92感想 「コスプレイヤーえとろふたん」(banana bread/三瀬 弥子)

 本を読む方には分かっていただけると思うのですが、衝撃を受ける本というのがあると思います。初めて読んだライトノベル、初めて読んだ官能小説、初めて読んだ恋愛小説――あるいは作家に対して衝撃を受け、気が狂ったかのように同じ作家の作品を読みあさることすらあるでしょう。とりわけ、一般書店に流通しない同人誌ともなれば、著者の独創性や尖った部分が商業の枠に納まるよう剪定されずに書かれたものがあるわけですから、そのような体験をすることも多いでしょう。

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 というわけで強烈な本を持ってきました。コミックマーケット92の新刊、三瀬弥子氏の「コスプレイヤーえとろふたん」です。艦隊これくしょんの択捉、ではなく、択捉のコスプレをしているコスプレイヤーの女の子「楠木みあ」が主人公なのでお間違いなく。

 

 

 以下ネタバレを含みますのでまだお読みでないかたはこの先に進まぬようお気をつけください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はじめの、彼氏の優介と時雨コスでセックスに及ぶ際の導入がシンプルで、それ故に交際しているという状態を強く印象づける結果となった点が非常に生々しい。2ヶ月前から低用量ピルを服用しているという設定と、その結果生セックスにすっかりハマってしまうまでの流れが、どことなく美希(みあ)の流されやすい性格を暗示しているかのようにも見えた。そして事後の局部を写真に撮られるが、優介が気を遣ったのか、あるいは自分の大切な彼女を被写体としたポルノを持っていることの罪悪感からか、美希に見せてすぐ消してしまうことで、美希は少しばかり不満というか、物足りなさを感じてしまい、ここですれ違いが生じていることが大変よく伝わった。百発百中、という言葉はあれど、現実問題としてすべてのケースで毎回100点の対応ができれば苦労はしない。他者の心は読めないのだ。とりわけ性行為、それも相手が居るセックスでは「これはやり過ぎではないか」「ダメって言ってるけど本当にダメなのか」「朦朧としているけど大丈夫かな」などなど、極限まで攻めたいけれども、いちいち確認をしては興を殺がれる、そんな矛盾を即応的に処理することが求められる。セックスという行為が高度なコミュニケーションであり、おそらく、優介の中に在る尺度でやり過ぎと判断してしまった、行為中や事後の局部の様子をレンズに収めるという行為をも、美希は望んでいたのだろう。しかし、そのすれ違いは溝となり、埋まることはなかった。

 

 そして凄腕カメラマン、ミズキとの出会い。写真が上手なだけでなく、常識があり、気遣いができ、クルマが出せる、その上既婚者、という、ことごとく優秀な人物だ。中破の択捉コスでの撮影に移ってからも、トークはうまいし、カメラは使いこなしてすぐタブレットに転送できるようにしてあるし、ミズキが如何に有能な男かということを痛感させられる。だからこそ、美希の心が傾いでいくのだ。私はそこまで優秀ではないので、だんだんと心が闇に覆われてくるが、それでも先が気になって読み進めてしまった。

 

 残念ながら美希の最後のラインは薄いゴム1枚であったようだ。物理的には薄いゴムで優介への詫びか、操を立てているのか、けれども有能カメラマンに心はすっかり傾いてしまった様子がうかがえる。優介のこともまだ好きなのだろうけれど、コスプレイヤー「楠木みあ」として、有能カメラマン・ミズキに興奮してしまうのは別腹のような趣なのだろうか。末恐ろしい話である。バブル期に流行ったとされるアッシー君、メッシー君という死語のように男を使い分ける酷い女の一丁上がりだ。

 

 

 そうして2人の男、彼氏の優介と有能カメラマンのミズキを上手に繋ぎ止め続けて……というところで物語が終わった。私は衝撃を受け、とりあえず滞在中のホテルのコインランドリーで洗濯をして心を落ち着かせようとした。しかし、無情にもコインランドリーはすべて埋まっていて、順番待ちの列すらできていた。手元のスマートフォンでホテル外のコインランドリーを検索し、トートバックに汚れ物を入れ、読後の興奮さめやらぬまま、小雨の天王洲アイルを北品川へ向けて歩いた。どこでひねったのか、痛む右足をびっこひきひき、20分ほど歩いてたどり着いたコインランドリーは、アパートの内階段下のスペースに設けられた小規模なもので薄暗かった。洗剤の自動販売機にお金を入れ、いざ購入ボタンを押そうとしたらそれはコンドームの自販機であった。ふざけるな。今欲しいのはコミケの汗や汚れを洗い流す洗剤であって家族計画ではない。なんでコインランドリーに避妊具の自販機があるのだ。……読後の衝撃と併せ、すっかり心の何かが折れた私は、コンビニで洗剤を買うという発想にすら至らなかった。結局、早朝に起きてホテルで洗濯することにして、再び小雨の北品川を、びっこひきひき、汚れ物を抱えて、歩いたのであった。

 

 今後の展開も考えてあるし、ひょっとしたら書くかもしれないと後書きにあったから、ここで勝手に予想することにしよう。私なりの感想であるから、そんなに単純じゃないよと軽く笑っていただければ幸いである。ズバリ3人目の男が出てくる。大胆予想ではあるがあながちそうでもない。択捉のコスはミズキの妻である「神威のレイヤーさん」が拵えたものであるが、3人目の男は卓越したコス衣装製作技術を持って登場するのだ。なにしろここまでの流れでも有能な男と仲良くなると興奮してしまう美希のことだから、大よそ自分ができないことをやってのける、技量の高い男が現れれば漏れなくつなぎ止めたいと思うはずである。2度あることは3度ある。しかし、コスプレに明るくない私では、「神威のレイヤーさん」より卓越したコス衣装製作技術というのがどういう点であろうか、ここが想像力の限界であった。いっそ神威のレイヤーさんが実は両刀でそのまま可愛がられてしまうのもありうるか……などと愚考したところで一旦筆を置くこととする。ここまで大変失礼に好き勝手申し上げたが、とにかく衝撃的であった。艦これをプレイしている人、そうでない人でも、コスプレイヤーという存在を認知している皆様に読んでいただきたい作品であった。

 

 なお、「コスプレイヤーえとろふたん」を持参してコミケアフターの小規模な飲み会に行き、その席で本書を読んでもらったが、各位氏は「いや、まあ、そこまで闇じゃなくない」「普通でしょ」「大体異性に人気のある場合の交際期間はのりしろのようにグラデーション的だからほら」などと、私の童貞メンタルをだるま落としのように酷評されるかのような反応が得られたが、泣いてはいない。泣いては。

 

 次回の作品が本書の続きであろうと、完全新作だろうと、心臓に直接塩を塗ることになろうとも、また読みたいと思う作家が一人増えてしまったことにどこか満足感を覚えつつ結びとしたい。