新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

#C92感想 「秋雲先生小説合同 "My Funny Autumncloud"」(スタジオ蟹工船)

 同人作家秋雲先生、という概念がある。史実で、乗艦していた信号員に絵の達者な者がおり、沈みゆく米国航空母艦の様子をスケッチした、というエピソードから、艦隊これくしょんに於ける擬人化キャラクターも随所で絵を描く設定がなされ、「同人活動を行っていて同人誌即売会に参加しているのではないか」という解釈がなされることから生じた概念である。活動ジャンルとして、何故か男性向けであろうという解釈がなされることが多いが、これは秋雲先生と出会う"みんなたち"の願望めいたところがにじみ出たものだと思う。私ですら思う。男の性欲にストライクな絵を描く同人作家が目の覚めるような美人で、気さくに話しかけてくれて、タイムラインで下ネタ混じりのリプライをやりとりする……という一種の理想郷を妄想するだけなら無料、それを物理的な形にまとめて本を出すのも自由、というところから生まれたのが本書、「秋雲先生小説合同 "My Funny Autumncloud"」だ。

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 合同誌であるから各作品について感想を記すこととする。例によってネタバレを含むから未読各位はここいらでUターン願いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしと、あのひと」CRUSADER

 さわやかな作品であった。主人公の叔母の、元同僚で、指輪をしている、秋雲先生。瑞鶴が叔母とはいえ、親戚のお姉ちゃんとして出てくるのは大変ずるい(褒め言葉)と思ったけれど、秋雲先生の抱えているものを主人公に託し、今も海を駆ける、これまた瑞鶴らしいサッパリとした人物として描かれていて良かった。はじめに本物だと言われるものの、しかし秋雲先生の指輪は果たして退魔のものなのか、あるいは本当に……?となるような、会ってお手伝いさせていただくようになった同人作家としての微妙な距離感を描いてのラストはどこか物足りなさを感じるものの、それが却って清涼感を感じるまま読み終えることができた。

 

「魔除けの指輪が入用です」じとめふすきー

 結婚寸前の秋雲先生とその彼氏、という口から上白糖を吐いて体重が軽くなってしまいそうな作品であった。昼行便がある高速バス程度の距離が離れた恋愛というのは、遠距離とも言いづらいけれど、毎週末会えるほどでもない、なかなかもどかしい距離だと思う。東京と、仙台、名古屋、大阪くらいまでの距離感だから、ひょっとすると甲府くらいかもしれないけれど、予約の要らない近距離電車のような距離感でフラッと「来ちゃった」するには少々躊躇われる。だからこそ、秋雲先生が泊まりに来るときには「なるべく薄いゴム」が十分あるかどうか確認しておくわけだ。会える時間が少ないのだから、大切にしようという野田くんのいい男ぶりが滲み出ている。

 

 指輪を選ぶシーンでも、本命以外の、見るだけならタダだと寄った店舗で野田くんが疲れたり、文句をつけている様子がまるで見受けられないのがまたいい男でずるい。悔しい(何がだ)。秋雲先生の指輪が8号、というのは、繊細な絵を描く利き手と同様に白く細い綺麗な指を思わせるし、野田くんの指輪が17号というのは男らしい力を感じる、頼れる大きな手を想像させる。指輪という、意味の重たいアクセサリ。それを手に入れて上機嫌になる秋雲先生がどれだけ野田くんとの関係を気に入っているか、それが大変よく分かった。ラストシーンはタイムラインが阿鼻叫喚になるぞう、と思いながら。

 

「待ちくたびれて朝が来る」洲央

 なんだこれは、と思った。本書を持って帰って読むまでの間に「凄かった」という感想を目にしてしまったが、いきなり中世風異世界のようなお話が始まった。寂しいドラゴン、果たしてその心中は。どうやったら秋雲先生が出てくるのか、と困惑しつつ読み進めると、見開きが終わる頃に秋雲先生が登場した。

 

 秋雲先生とのサシ飲みに行ったら、寝耳に水な話を聞かされるボブ。バッチリ覚醒しているのに寝耳とはなんだろう。ショックを悟られぬよう取り繕うために口から出たデマカセ。次々に浮かぶ汚い言葉。けれど、一つとして発話されることはない。ボブの社会生活を歩む上でのラインがキッチリそれを喉で止める。なんで、なんで、なんで。アルコールのせいも相まってどんどん悪くなる思考。しかしまた、アルコールのおかげで輪郭を失いつつある世界。ぐるぐると堕ちていき、ラストは急性アル中で搬送でもされたんだろうかと思わせるような鬼気迫る描写であった。なるほどこれで冒頭のシーンにつながるのか。

 

 と思って後書きを読んだらちゃんとオチていてすこしホッとした。寝たら明日が来る。明日がある、自分の人生をやっていきましょう、と、少しだけ前向きになれた、そんな気がした。

 

「秋雲が秋雲であるには」北条保

 本書は飯テロか、と思うようなシーンを多く含んでいる。とりわけ本作、冒頭から円卓に旨そうな料理が並ぶ。ぼくもマシュコス浜風のおっぱい揉みたい。

 

 強襲降下部隊の兵士の幕間を覗いたようで、そうだよなあ、艦娘って死ぬかもしれへんもんなあ……と、我が艦隊の所属各員にもこういう苦労を掛けているだろうかと少しばかり反省したような、そうでもないような。ただただ過ぎゆく日々を浪費せずに、今日楽しめることは今日やろう、と前向きに考えることにした。

 

ザ・マジックアワー」まてつ

 両片思いの関係を神の視点で眺めるってこんなにエモいんですね。「あるでしょ!あ・そ・こ!」のあたりで「そうだよ(バンバンババンバンババンバン」と机を叩きつつ。なんでだろう、流れとしてはコメディに寄ってるのにエモい。なんだこれ。ドブス連呼してるあたりの慎重さもわかる~~~~~~~~!!!!なんだこいつら。おもしろいぞ。TCP/IPのほうがまだサクサクハンドシェイクして繋がる(意味深)ぞ。いやあ良かった。ザリっと関係性が変わった瞬間に何か起きちゃうんじゃなくて、ラストまで軽口でシャドーボクシングっぽいことしてたのが大変良かった。早くヤっちまえ。

 

「秋雲と沖波の戦闘準備」あこや

 おおう服の話……やべえ分かんねえよと思うも、随所に大井北上や榛名の分かりやすいアドバイスが入るため、服データベースが大変悲惨な私の脳みそでも理解することができた。何しろ艦これコラボをやるまでアベイルがしまむら系列だということすら知らなかったのだ。分かりやすく書くと服の認識は概ね次のようになる。

 

↑安い

ユニクロ・GU)(アベイル・しまむら

(イオンとかの直営服売り場)

[あんまり行かない壁]

無印良品

(イオンの専門店街に入ってる服屋)

[ここから先は店に入るのも怖いの壁]

ユナイテッドアローズ

(その他有象無象の値札見るのが怖い店)

(セミオーダーのスーツ屋)

[やばい壁]

オートクチュール)(ウェディングドレス)

↓高い

 

 というひどい認識の状態であった。岡山駅地下街のビックカメラ出口付近にあるという理由でチュチュアンナは把握してるけどあれ靴下とかわいい下着のお店だよね?服屋っていうカテゴリじゃないよね?

 そっかー、ルミネとマルイってルミネのほうが手頃なんだなあと、入ってもとんかつ和幸ぐらいしか分からない駅ビルのシルエットを思い浮かべつつ読んだ。

 

「私の臨む戦場」宇古木蒼

 本人に悪気があるかどうかはともかくとして、いい人と悪い人というのはどうしてこうも割れてしまうのだろうか。「小説書きの彼」のアレっぷりにどうにも心が痛くなってきた。自分はああいう振る舞いをしていないだろうか。おかしいな、秋雲先生のお話だったよな。気を取り直そう。

 

 榛名の指輪を意識するシーン。そして、指輪ほど重くはないけれど、同じ「輪」の意味を含むネックレスを買ってくれた、というラストは、秋雲先生と相方がお互いの大切な人になれたのだな、と分かる。

 

 5-5って禿げ散らかしそうになるからやってないんですけど、長門改二任務で行かなきゃいけないんですよね。せっかくだから秋雲を組み込んで出撃してみようかなあと、ほんの少しだけ考えてみたりした。

 

「背伸びをした女」こすひな

 神戸と港と即売会と。「三宮センター街」「三ノ宮駅」の書き分けでもう脳裏には三宮の光景が広がる。ブラックコーヒーを飲んでいた秋雲と、ミックスジュースを飲んでいる秋雲。同一人物なのに、何かが変わった。果たして瑞鶴はイベントのスペースで隣に立つ人物を見てどう思ったかは分からないが、秋雲の自己評価の過度な低さを目の当たりにしてダメだと斬ったのだろうか。いや、瑞鶴は無意識にああ言ったのだろうか。興味が一気に醒める、というのは醒められる側としちゃあ恐ろしいことである。なにしろ一瞬だ、指パッチンで催眠から醒めるのと変わらない。きっと瑞鶴は経験が豊富なのだろうと思いつつも、どこか寒気を覚えてしまった。

 

「お話は続く」秋月若葉

 さえない男と、さえない女。人物の表現から分かるように純文テイストであった。いや、純文学に目の覚めるような美女や顔だけで濡れそうなイケメンを出しちゃいけないという規則はないけれど。指定鞄、コーヒー、喫茶店、付き合った男、所属したコミュニティ。感動と言うよりは偶然の再会。この二人はどうなるのだろうか。きっと砂浜だけが知っている。

 

「国産和牛上ハラミ九四一円」ゑのがみ

 再びメシテロ。タイトルからしてもうずるい。ハラミが焼ける音がする。しかも国産だ。「国産牛秘伝タレ焼肉弁当480円」ではない。941円だ。フラッとグルメな商店主が迷い込んできそうな焼肉屋だ。やべえ腹減ってきた。寝る数時間前から飲み物しか摂っていない状態で本作を読むのは危険だ。

 ベッドを抜け出しての支度、のシーンでそうだった……このゑのがみって人はそういう生々しいところをさらっと、されどディテールを失わずに描くのが上手だったんだわ……と、改めて、強い酒を口に含んだ時に似た感想を覚えた。

 読むのが少々遅れたため、タイムラインに流れる本作への「最後のシーンはどっちなんだろう」という感想をうっかり目にしてしまったが、完全に杞憂であった。うん、どっちだろう……。実はラストシーンは3人目なのではないか、などと思ったりもしたけれど、これは単にひねくれた視点でモノが言いたい私の勝手な想像だ。

 そもそも、もう引退してる方の秋雲が当時陽炎と焼肉をしたのも1回かどうかわからない……わからない……俺たちは雰囲気で焼肉をしている……。

 

「何があっても、そばにいるよ」シックス

  沖波さん飲み過ぎでは。いやわかる。目の前でアホなこと言われてワイングラスとボトルがあったらそうなる。何を言っているんだと思いながらどっぽどっぽと雑にボトルからワインを注いでぐいっとやりたくもなる。周りのテーブルの客が頷くシーンは、有川浩作品を映像化したようなコミカルさで再生された。ふふっ。

 シてるとき、の距離感で名を呼ぶ秋雲先生はきっと幸せになるだろう。大丈夫。関係性が大きく変わるとき、自分が抱えている不安を的確に受け止めてくれる沖波さんのような人が居てくれて良かった。自分がマリッジブルーに陥っていることを自覚し、それでいて、不安にならない相手に、軽く背中を押してもらう。きっと、これからのふたりのアルバムも、明るい思い出でいっぱいになるだろう。

 

 

 

 一時タイムラインを賑わせた「同人作家秋雲先生」の概念。名作家陣が、それぞれの視点から、それぞれの秋雲先生像を生み出した。その像が光を結び、紙に実像として浮かび上がったこの本は、単なるコモン駆逐艦である秋雲が、まるでプリズムであるかのように光を屈折してできたものだと思う。手に入れることができて本当に良かった。

 

 "みんなたち"のひとりより。