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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

微分可能

 微分可能、これはなめらかな曲線であるところで言えるやつだ。高校数学だ。なめらかでない曲線というのは命に関わる。例えば交通事故。高速道路で走行中の自動車がぶつかって止まる。加速度がずっと0で推移していたところに微分不可能な曲線で負の加速度がかかった結果、クルマから投げ出されたりして無事死亡。たとえば医療ミス。少しずつ薬の量を増やしていく過程で一気に通常の100倍量を投与してしまい血中濃度の時間変化が微分不可能な曲線を描いて無事死亡。たとえば大黒柱の不幸。毎月決まったような金額が入ってきていてなめらかな暮らしができていたのに突然収入がゼロになりガックンと生活水準が微分不可能になり無事死亡。他にも土砂崩れとかダムの放流とか、時間あたりの変化量が凄すぎる現象というのはたいてい命にかかわる。一気に気体が膨張する「爆発」なんてのも微分不可能の極地だ。

 

 では人はいつ死ぬのか。「ご臨終です」とはよく言うものの、心臓が営業を終了して最後の鼓動が血液を送り出してからもしばらくは血中の酸素で末端の細胞は営業を続けられるはずである。そう考えると営業を終える細胞の数がだんだん増えてきてなめらかに生命活動を終了というのも考えられる。なるほど、こう考えると人の死というのは連続で、なめらかで、微分可能なのかもしれない。

 

 一方で、死亡届を出し戸籍が死んだことになり住民票が出せなくなり、というのは1から0になる不連続な変化である。しかしながら行政のほうと民間の方では手続きタイミングに違いがあるから、死亡届を出したあとも急いで死者のキャッシュカードを使えばATMは現金を吐き出すであろう。

 

 では、童貞はどうだろうか。チンコをマンコに挿した時点で童貞卒業となるのか。そもそも挿入するとはどこまでか。ゴムなのか生なのか。射精までを無事に終えないと童貞卒業とならないのだろうか。このように人の生死と同様に多用な解釈が可能となる。複数のセックスを繰り返すうちに「だんだん童貞じゃなくなる」という仮説も立てられる。立ててどうする。学会で発表するのか。「童貞と微分可能」とかいうタイトルか。面白そうだからだれかやってくれ他力本願寺

 

 

 

 今朝まであったからといって明日がなめらかにあると思うなヨ。