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新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

手のひらに未来

 みなさまはスーパーマーケットでお買い物をされるだろうか。私はする。当然である。割高なコンビニは旅行中ぐらいしか寄らない。百貨店でしか買い物をしないというハイソな暮らしもしてみたいけれど、地下の食品売り場は比較的盛況であるからそんなに難しいものではないかもしれない。でもなんか高い気がする。千葉に住んでいた頃は生鮮食品売り場が崩壊している某スーパーで買い物をするしかなかったからなかなか難儀であった。

 

 今日は先の日付、つまるところ未来、それもほぼ確定している近日な未来を食品売り場で感じる話である。なんのこたぁない、ヨーグルトや牛乳なんかの賞味期限が何か楽しみにしているイベントを超えた日付になっているとほんの少し「ああ、ナマモノの賞味期限よりもコミケが先にくるのか」と脳みそから多幸ジュースがドバドバ出てくるアレである。え?出てこない?じゃあ食品売り場に行け。とはいっても保存が効く食品を見て来年以遠の賞味期限を目にしてもまるで現実味がないのでやっぱりナマモノじゃないと。時代はナマです。あぶないけどやっぱりナマがいい。

 

 前職では職場まで回数券で通っていたので、回数券の有効期限である3ヶ月先の日付を手に取れる未来として認識し、退職寸前にはああもうこの日付は退職後だと感慨深く感じたりしていました。3ヶ月ぐらいだと日付が来年になっていても「もうそんな時期かぁ」と思えるのですが、6ヶ月定期を買っていた高校時代は日付を見てもまるで感慨深くなかったので、「希望ある近未来」と「絶望的な遠い未来」の境目は3ヶ月から6ヶ月の間に存在しているのでしょう。来年の話をすると鬼が笑うと言うけれど、同じアホなら笑わにゃ損ですよ?

 

 10年後とかどこで何してるかまるで予想がつかねぇし5億円もらってみんなで隠居しような。