新スクの淵から

笹松しいたけの思想・哲学・技術・散文。

おせんたくするおたく

 服を買えという話がある。何のことはない、ちょいちょい顔を見せてくれる大叔母が勤め先の大手GMSから売れ残った服を持ってきてくれるから数年に渡り服を買っていなかった時期がある、という個人的な事情を差し引いても、おたくは服に金をかけない。なぜならば服を布だとしか思っていないからであり、これは恐らく教育されないと未来永劫認識は変わらないものと思う。

 初めて自発的に服を買ったのはアロハシャツだったと記憶している。楽天かなにかで黄色と水色のアロハシャツを2枚買い、それを来てコトデンに乗り高松へでかけていたのだから中高生というのは何もかも雑だ。親とて止めるほどのセンスはなく(前述の通りスーパーの売れ残りを着ているような家だ)、まあ好きにさせておこうと思ったに違いない。

 

 身体のサイズが固定されると服が合わなくなるということがなくなる。正確にはデブらない限り、という但し書きがつきはするが概ね去年の服は今年も来年も着られるということになる。穴が開くまで着るからだんだん赤い服は日光にヤラれて色素が抜けて汚いピンク色になってくる。するとそろそろ捨てたほうがいいだろうかということになる。赤い服はいい。そうやって明らかにダメな色になるから捨て時がわかる。では他の服はどうなるか。穴が開くまで着るのである。

 そんな時便利なのがあのムカツくグローバル主義者が経営するユニクロとGUである。ユニクロより更に下の価格帯の店を開いてどうなるかと思いきや昨今はワークマンにコストパフォーマンスで押されているらしい。ファストファッションの限界を探っていたらお値打ち価格で実用品を販売する店と競合するようになるとは思いもよらなかったろうに。そういう話を聞いてこの間ワークマンに下着を買いに行ったらユニクロよりゴム部分の幅が2倍くらいある数年持ちそうなパンツがユニクロより安く売られていて本当に笑った。

 

 さて、そんな私ですら時折臨時収入が入ると戯れに千葉そごうの別館に行き、持ってない色の服*1を買ってみたりする。戯れにターボがかかるとユニクロではなく別の専門店に入ってみたりもする。で、ユナイテッドアローズでシャツの値札を見て8,000円とか書いてあるのをみてぶったまげて退店する。オイオイオイユニクロの3倍するやんけ。GUの5倍か。買える服が1/5になる。月曜だけ服着てあとの平日は全裸で出勤せなあかん。そんなアホな話があるかいな。友人の友人がアルカイダ。いやいやそんなわけあらへんわ。アホか。ありゃ道楽モンの店じゃあ、こわ、ちかよらんとこ、とこうなる。

 

 ここで私はスーツとダウンジャケット以外には洗濯できない服を持っていないという事実も明らかにしておきたい。単純に洗濯が儀式化していると自己批判できるが、洗濯できない服を洗濯せずに数日連続して着るのがどうも穢れているような気がしてくるのだ。これでも歳を食ってだいぶマシになったので冬場は肌着以外を5日くらい着るようになったけれど、それでも普段から洗濯できない服を着るのはどこか、こう、数値化・客観化できない不快感のようなものがある。何一つ客観的に説明できないがそういうものであるし、広く理解を求めるものではないが、今後私と共に暮らすとなればこの感覚をうまく言語化出来ないことで壁が生まれてしまうということは危惧している。

 じゃあスーツ着るのは不快なのかと言われると当たり前であり不快である。真冬でも歩けば汗が染みていくのに自宅で洗濯できないのでスーツは気分がよくない。

 汗が染みたのち、一晩放置されたらなんとなく汚れた気がする。水と界面活性剤で洗濯された直後の布しか身に着けたくないというのは一種の潔癖症な気もするのだけれど、果たしてこういう感覚は広くあるものなのだろうか。

 

 大学を出て初任給で買ったのは衣類乾燥機である。ドラム式の洗濯乾燥機の1/4ほどの値段で洗濯機の真上に設置するドラムが真横を向いたあれである。これを買うと衣類への無関心にターボがかかり、硬めの生地でできた襟のあるシャツは着なくなる。なぜなら乾燥機でシワまみれになるからだ。冬場もフリースと長袖のシャツだけ着ていればすべてを無造作に乾燥機にぶちこめる。そう、乾燥機で乾かせない服は買わなくなるのだ。服を買うときから合理化は始まっている。

 洗剤もアリエールジェルボールしかないから消耗品が一種類で都合がよい。近所のドラッグストアやホームセンターで単価を計算して安いときに買っておく。

 

 という話を女性とすると「まかり間違っても私の服は洗濯しないで置いておいてください」とクギを刺される。実家で暮らしていたころも妹の服だけ別に洗っていて、脱水し損ねたみたいな状態で干されていたような記憶が朧げながら存在する。あれがホームクリーニングだったのだろうか。

 

 では汚れが酷い時はどうするか。アリエールジェルボールをひとつ破いて手洗い? アホでしょう。もうちょっと力を抜いて考えてみたれ。あるやろ、家庭に、油汚れに強い、中性洗剤が。台所にせやねん、自転車のチェーンの汚れとかがズボンのスソについたら台所用洗剤でチュッチュと手洗いしてやれば最高にきれいになる。中性洗剤だから洗濯用の洗剤と喧嘩しないだろうし(たぶん)。「油汚れに」というフレーズはダテではなくよく効く。手が機械油まみれになったときもセッケンではなくまず中性洗剤で洗うとびっくりするぐらい綺麗になる。機械油まみれになるタイプの仕事をしていた頃の職場で、手洗い場に置いてあったミスミの緑色のスクラブ入りハンドソープがヒントになった。あれはセッケンではなく中性洗剤に近い成分だ。……たぶん。

 

 洗濯物の中でとりわけ取扱に困るのが靴下である。したがって全く同一の靴下の8足セットを2つ買い、今ある有象無象の靴下はすべて避けて別のところに置いておく。こちらは掃除に使ったり旅行に履いていってホテルのゴミ箱に捨てたりする。同じ靴下しか存在しないのならば神経衰弱ゲームをすることなく2つ拾って2つ折りにすればよろしい。厳密には、15キロ歩いた日とおうちのソファでポテチ食いながらTopGearを垂れ流した日とでは靴下のすり減り方に差異があるはずだが、左右で極端にすり減り方の違うペアが現れたところで片方捨てれば良い。15足もあるのだから。全体的にまんべんなく減ってきたらまた15足ぐらい買ってきて全部入れ替える。

 

 

 そういう感じで身の回りの合理化を進めると、最終的にオナニーすらゴミ箱に直接射精して精液はゴミに吸わせて燃えるゴミで捨てるのが一番よろしいというところに行き着くから、少々小言の多いおしゃれにうるさいタイプの女と一緒に暮らしたほうが人間らしさを失わずに済むのかもしれない。

 

 多少面倒でも膣内射精はしたい。

togetter.com

*1:服とは下半分:ズボンと上半分:夏はシャツで冬はフリースを指す。